前回、うちの店主は約束をした
この記事は、こういう人のために書きました
- 「ステーブルコイン」という言葉を、今日初めて聞いた
- 暗号資産(仮想通貨)も、正直よく分かっていない
- ニュースで見かけるけれど、自分に関係があるのか判断できない
予備知識はいりません。専門用語が出てきたら、その場で必ず言い換えを添えます。
前編・後編に分かれています
| 内容 | |
|---|---|
| 前編(この記事) | ステーブルコインとは何か/日本の法律での扱い/誰が発行できるのか/日本でいま実際に使えるのか/税金 |
| 後編 | なぜ1円でいられるのか、そしてなぜ崩れるのか/過去に壊れた例/世界ではどれだけ使われているか |
まず何なのかを知りたい人は、この前編だけで足ります。「本当に大丈夫なのか」を知りたくなったら後編へどうぞ。
急いでいる人へ:この記事の歩き方
| 知りたいこと | 読む場所 |
|---|---|
| とにかく何なのか | 「30秒でわかる」+1章(ここだけで基本は終わります) |
| 日本でどう扱われているのか | 2章・3章 |
| 実際に使えるのか、いくらかかるのか | 4章 |
| 税金は | 5章 |
| 筆者が現場で見たもの | 0章 |
| 時間がない | 図だけ見て、6章のまとめへ |
30秒でわかる:ステーブルコインとは何か
ひとことで言うと、「1枚=1円」と決められた電子のお金です。
暗号資産(ビットコインなど)と同じ技術で作られていますが、値段が動かないように設計されています。
比べると、すぐ分かります。
| 日本円現金 | ビットコイン | ステーブルコインJPYCなど | |
|---|---|---|---|
| 値段は? | 1円は1円 | 毎秒動く上がり下がりする | 1枚は1円のまま |
| 誰が出す? | 日本銀行 | 誰でもない発行者がいない | 会社銀行・登録業者 |
| 何に使う? | 買う・払う | 持っておく値上がりを期待 | 送る・払う |
| 送るには? | 銀行を通す手数料と時間 | ネットで直接 | ネットで直接 |
ステーブルコインは「日本円の値段の安定」と「暗号資産の身軽さ」をくっつけようとしたもの、と考えると分かりやすい。
たとえるなら、電子の商品券
商品券やギフトカードを思い浮かべてください。
1,000円分の商品券は、発行した会社が「1,000円分として使えます」と約束しているから1,000円の価値があります。紙そのものに価値があるわけではありません。
ステーブルコインも同じです。発行した会社が「1枚=1円で引き取ります」と約束しているから、1円なのです。
違うのは、商品券は他人に郵送するのが面倒なのに対して、ステーブルコインは世界中どこへでも数分で送れるという点です。
いちばん大事な注意を、先に言います。 ステーブルコインは、値上がりしません。1円は、いつまでも1円です。 「儲かるかもしれないから買っておく」という種類のものではありません。払うため・送るためのものです。
何のためにあるのか
「値上がりしないなら、なぜ持つの?」——ここが最初の疑問だと思います。
答えは、送るためです。
銀行で送る
いくつか経由
所要 数日かかることがある
手数料 数千円になることも
ステーブルコインで送る
=口座番号のようなもの
所要 数分
手数料 数十円〜数百円程度
ここが「なぜ存在するのか」の答え。値上がりのためではなく、速く・安く動かすためにある。※手数料と時間は一般的な目安で、実測値ではありません。混み具合や送金経路で変わります。
ビットコインでも送ること自体はできます。ですが、送っている最中に値段が変わってしまいます。1万円分を送ったら、着いたときには9,500円分だった——では、支払いには使えません。
そこで「値段が動かない電子のお金」が必要になった。それがステーブルコインの出発点です。
結論:前編で言いたいこと3つ
- 日本の法律では、ステーブルコインは暗号資産ではありません。「電子決済手段」という別の枠にいます。2026年の大改正でも、そこだけは動きませんでした。
- 制度は整いました。でも、まだほとんど使えません。日本円のステーブルコインが使える実店舗は、全国で56件です(2026年7月13日時点)。
- 発行元が倒れたとき、お金が戻るまで最低でも約170日かかる見込みです。銀行預金とは別の仕組みで守られています。
0. 【運営者の一次体験】300人が集まった夜のこと
ここは、この記事を書いている運営者本人の実体験です。キャラクターの演出ではありません。
「そういうのはいいから中身を教えてくれ」という方は、1章まで飛ばしてください。
0-1. 2025年9月10日、高輪
2025年9月10日の夕方、わたしは東京・高輪にいました。
「Japan Stablecoin Summit 2025」というイベントです。ステーブルコインだけをテーマにしたビジネスの催しで、会場はKDDIの高輪新オフィスの17階。招待制で、主催はPacific Meta・TOKI・Progmatの3社でした。
登録者は750名を超え、当日の来場は約300名。満席です。
正直に書くと、わたしはこの業界の人間ではありません。普段仕事で会っている人たちとは、明らかに空気が違いました。登壇者も、隣に座っている参加者も。19時50分からの懇親会には出ずに、セッションが終わったところで会場を後にしています。輪の中に入ったのではなく、外から見ていた一人でした。
それでも、その日のことをよく覚えています。
0-2. まだ「1円も発行されていない」時期だった
いま振り返ると、この日は絶妙なタイミングでした。
資金移動業者として登録。=発行してよい、というお墨付き
← わたしが会場にいた日(許可から23日後)
ここで初めて、実物が世に出た(サミットから47日後)
つまりあの夜は「許可は下りた。でも、まだ1枚も発行されていない」という、ちょうど真ん中の時期だった。
だから会場で語られていたのは、実績の話ではありませんでした。「ここまで来るのに何があったか」と、「これから何で食べていくのか」の話です。
0-3. 4年半かけて、金融庁と話をつけた人
17時10分から、JPYC株式会社の代表・岡部典孝さんの講演がありました。
内容の中心は、国の許可を取るまでの経緯です。2019年から動き始めて、約4年半。金融庁とやり取りを重ね、試行錯誤しながら、なんとか実現に至った——という話でした。
そのあと、18時10分からの討論が、わたしにとっていちばん印象に残った時間です。
登壇したのは4人。JPYCの岡部さん、三井住友銀行デジタル戦略部の方、Progmatの方、そして金融庁の参事官。司会は日本経済新聞の副編集長でした。
規制する側と、規制される側が、同じテーブルに並んで話している。
そのやり取りを聞きながら、わたしが感じたのはこういうことでした。
この人は、規制に合わせて自分の考えを丸めた人ではない。むしろ逆で、暗号資産というものの原点を保ったまま、制度の側と話をつけ切った人に見えたのです。
たとえば、JPYCは自社でウォレット(暗号資産を入れておく財布アプリ)を作っていません。開発キットを誰でも使える形で無料公開して、既存の財布アプリ側に対応してもらう。特定の会社のアプリに利用者を囲い込まない。どの財布からでも使えることを手放していないわけです。
「うちのアプリを使ってください」と言った方が、ビジネスとしては明らかに楽なはずです。それをしない。
自分より20年近く長くこの世界を見てきた人が、理念を語るのではなく、理念を制度の中で実装しようとしている。それが会場で聞いていて、素直にすごいと思った点でした。
0-4. 「ゼロ金利なら、収入はゼロになります」
もうひとつ、討論の中で岡部さんが言った言葉を覚えています。
「ゼロ金利で発行した場合、収入はゼロになる」
このときは、正直、意味の重さが分かっていませんでした。
いまなら分かります。この一言は、ステーブルコインというビジネスの構造そのものを言っています。——ただ、その話は後編に回します。前編では先に「そもそも何なのか」を片づけさせてください。
同じ討論で、金融庁の参事官はこう言っていました。
「価値があるのは発行そのものではなく、周辺で生まれるイノベーション」
規制する側の人が、公開の場でそう言う。それも印象的でした。
0-5. 会場にいたのは、金融の人たちだけではなかった
この日の登壇者を思い出すと、顔ぶれが妙に幅広かったのです。
| 誰が | どこの人か |
|---|---|
| 柏木ケンさん | Mysten Labs(ブロックチェーン「Sui」の開発会社)日本担当 |
| 佐藤伸介さん | Slash Vision Labs CEO(シンガポール) |
| 金友健さん | コナミデジタルエンタテインメント 制作部 部長 |
| — | 商工中金、新韓銀行、Cosmos、Aptos、Consensys ほか |
銀行と、ゲーム会社と、海外の技術者が、同じ日に同じ会場で話している。
ちなみに個人的な話をすると、Suiはわたしが過去に惚れ込んで、そして負けた銘柄です。その話は別の記事に書きました。買い方を間違えた自分の失敗の話なので、銘柄そのものを持ち上げるつもりも下げるつもりもありません。ただ、その開発元の人が目の前で話しているというのは、なかなか不思議な体験でした。
コナミの方が、ゲーム内アイテムの現金売買を禁止している理由や、NFT取引のリスクについて話していたのも記憶に残っています。ステーブルコインの直接の話ではありません。でも、「この技術で何ができるか」ではなく「何をやってはいけないか」を先に決めている人たちが、この業界にちゃんといる。それが見えた時間でした。
0-6. だから、この記事を書いています
あの夜、会場は熱かった。それは事実です。
問題は、その熱量が正しかったのかどうかが、その時点では誰にも分からなかったことです。
まだ1枚も発行されていない。使える店もゼロ。あるのは、4年半の経緯と、これからの構想だけでした。
あれから11か月が経ちました。その答え合わせを、この前編と後編でやります。
ここから先は、素の解説に戻ります。
1. もう少しちゃんと理解する
1-1. どうやって手に入れて、どうやって円に戻すのか
これが分かると、全体の仕組みが一気に見えます。
手に入れるとき(発行)
この1万円は発行元が保管・運用する
ウォレット=暗号資産用のお財布アプリ
円に戻すとき(償還)
この「返せば1万円が戻ってくる」という約束こそが、1JPYC=1円を支えている根っこです。この記事の残り全部が、この図の話になります。
この往復が、この記事の土台になります。後編で「なぜ1円でいられるのか」を掘り下げますが、それもこの図の話です。
1-2. 「償還」という言葉だけ覚えてください
この記事で何度も出てくる言葉が1つだけあります。
償還(しょうかん)= コインを発行元に返して、円に戻してもらうこと
図4の下半分です。この言葉さえ分かれば、前編も後編も最後まで読めます。
1-3. 日本で実際にあるもの
| 名前 | 何に連動 | 出しているのは |
|---|---|---|
| JPYC | 1枚=1円 | JPYC株式会社(国に登録した資金移動業者) |
| JPYSC | 1枚=1円 | SBI新生信託銀行(主に企業向け・大口向け) |
| USDC | 1枚=1ドル | 米Circle社(日本ではSBI VCトレードが取扱い) |
| USDT | 1枚=1ドル | 海外のTether社(日本で正規に扱う業者はありません) |
世界で圧倒的に使われているのはドル建てです。円建てがどれくらいの規模なのかは、後編で数字を出します。
2. 日本の法律では、そもそも暗号資産ではない
ここから3章までは「制度の話」です。難しければ4章へ飛んでも、実害はありません。ただ、なぜ日本のステーブルコインが今の形なのかは、ここで分かります。
2-1. 定義から、はっきり除外されている
日本で暗号資産のルールを決めているのは資金決済法という法律です。この法律の2条14項に、暗号資産の定義があります。
そしてその定義の括弧書きに、こう書いてあります。暗号資産とは、
本邦通貨及び外国通貨、通貨建資産並びに電子決済手段を除く——
通貨建資産(つうかだてしさん)というのは、日本円や米ドルの額面で価値が決まるもののことです。1JPYC=1円と約束されている円建てステーブルコインは、まさにこれに当たります。
つまり、円建てステーブルコインは、法律の文言レベルで、暗号資産の定義から外されているわけです。「暗号資産の一種だけど特殊なもの」ではなく、最初から別のカテゴリなのです。
ここは古い情報が大量に残っています。暗号資産の定義は、2023年6月の法改正より前は「2条5項」でした。ネット上には改正前の条番号を書いた解説がたくさん残っています。現行は2条14項で、2条5項はいまは「電子決済手段」の定義です。番号が入れ替わっているので、古い記事を読むときは注意してください。
2-2. 「電子決済手段」という枠
2023年6月1日に施行された改正資金決済法で、電子決済手段という区分が新設されました。ステーブルコインはここに入ります。
中身は4つに分かれています。細かいので、表だけ眺めてもらえれば十分です。
| 号 | 中身 | ざっくり言うと |
|---|---|---|
| 1号 | 電子的に記録された通貨建資産で、不特定の人との間で支払・売買・移転ができるもの | JPYCはここ |
| 2号 | 1号と相互に交換できるもの | 1号とペアで動くもの |
| 3号 | 特定信託受益権(信託銀行が出すタイプ) | JPYSCはここ |
| 4号 | 前3号に準ずるものとして内閣府令で定めるもの | 将来のための予備枠 |
2-3. 2026年の大改正でも、ここは動かなかった
前回の記事で、2026年7月に成立した大改正の話を書きました。暗号資産が資金決済法から金融商品取引法へ引っ越す、という改正です。
ステーブルコインは、この引っ越しの対象外でした。資金決済法に残ります。
金融商品取引法
投資のルール
暗号資産
ビットコイン 等
実態が「投資商品」になったから、投資のルールの下へ移した
── インサイダー規制/情報開示義務/課徴金
資金決済法
決済のルール
電子決済手段
JPYC / USDC 等
実態が「払うための道具」のままだから、動かさない
── 発行できる人を絞る/お金を保全させる
法律は「持ち主が何を期待して持つか」で分けている。値上がりを期待する物と、払うための物では、守るべきものが違うから。
そして2026年8月7日、金融庁に「暗号資産・ステーブルコイン課」という専任の部署ができました。名前に両方が入っています。別のものとして、同じ課が見る——いまの日本の整理は、この一言に表れています。
3. 誰が発行できるのか——3つの型と、それぞれの弱点
ステーブルコインは、誰でも発行できるわけではありません。銀行・資金移動業者・信託会社/信託銀行に限られています。
ここで大事なのは、型によって「あなたのお金を守る仕組み」が違うことです。多くの解説は3つを並べて終わりますが、並べただけでは何も分かりません。守り方と、その弱点をセットで見ます。
① 銀行型 ── 銀行が預金として発行
守るもの:預金保険の枠組み
弱点:日本で個人向けに広く出回っている例は、まだない
② 資金移動業者型 ── JPYC がここ
守るもの:履行保証金
預かった額に見合うお金を、法務局に預けておく
弱点:預金保険の対象ではない/破綻したとき、お金が戻るまで最低でも約170日かかる見込み/自分で申し出る必要がある
③ 信託型 ── 信託銀行が発行。JPYSC がここ
守るもの:信託財産の分別管理
発行体が倒れても、財産が混ざらない
弱点:主に法人・大口向け。個人が日常で触れる場面はまだ少ない
3-1. 「100%守られている」と「すぐ戻る」は、まったく別の話
②の資金移動業者型について、もう少し丁寧に書きます。JPYCがここに入るからです。
資金移動業者は、預かっているお金に見合う額を供託(きょうたく=法務局に預けておくこと)しなければなりません。しかも各営業日から2営業日以内という短いサイクルで。この点だけ見れば、たしかに手厚い制度です。
3-1-1. 「101%」の1%は何なのか
JPYCについて「資産の101%を保全している」という説明を見かけます。100%ではなく101%。この1%が何なのか、調べると理由がありました。
内閣府令で、供託すべき額は「未達債務の額+還付手続に必要な費用」と決められています。そして還付手続費用は、
- 未達債務が1億円以下なら → その5%
- 1億円を超える分については → 500万円+超過分の1%
つまり発行残高が100億円なら、供託額は約101.04%。1,000億円なら約101.004%。規模が大きくなるほど101%に近づきます。
この1%は、利用者への上乗せではありません。「破綻したとき、国が利用者にお金を返すための事務費用」の前払いです。
3-1-2. ただし、倒れたときすぐ戻るわけではありません
ここは、はっきり分けて理解する必要があります。
供託(101%)は「破綻したときの保全」の話であって、「今日の1円を1円に保つ仕組み」ではありません。
日々の値段を支えているのは、まったく別のものです。それは後編で書きます。
そして——倒れたときに、そのお金がすぐ手元に戻るわけでもありません。
金融庁の審議会に出された資料によれば、資金移動業者が破綻した場合、供託された財産から利用者にお金が戻る(還付)までには、最低でも約170日かかると見込まれています。しかも60日以上の申出期間があり、利用者が自分で申し出る必要があります。
170日は、およそ半年です。
半年間、そのお金には手が届かない。給料の振込先が半年凍結されるのと同じ、と考えると重さが分かると思います。
銀行預金とは別物です。銀行が破綻したときの預金保険は、1金融機関あたり元本1,000万円までとその利息を、比較的短期間で保護する仕組みです。資金移動業者は預金保険の対象外で、根拠になっている制度そのものが違います。
3-2. ついでに潰しておきたい誤解が2つ
誤解①「JPYCは登録業者の一覧に載っていない。大丈夫なのか」
金融庁が公開している「電子決済手段等取引業者登録一覧」にJPYC社の名前はありません。ですが、これは無登録という意味ではありません。JPYC社は資金移動業者(関東財務局長第00099号、2025年8月18日登録)であって、別の登録簿にいます。登録の種類が違うだけです。
誤解②「JPYCは100万円までしか持てない」
これも違います。100万円という数字は、発行と償還(円に戻すこと)の1回あたり・1日あたりの上限です。ウォレットに保有する量や、ウォレット間で送る量に上限はありません。
岡部さん自身、この点を「誤解が多い規制です」と繰り返し説明しています。
4. では、日本で、いま何ができるのか
4-1. 手に入れる方法は、事実上2つだけ
| ルート | 何が買えるか | 実際のところ |
|---|---|---|
| JPYC EX(公式サイト) | JPYC(円建て) | 最低3,000円から。本人確認はマイナンバーカードによるオンライン確認。銀行振込(名義完全一致)。発行・償還の手数料は無料。発行までおよそ数分〜1時間 |
| SBI VCトレード | USDC など | 国内で唯一の登録業者。販売所形式で、売買手数料は無料(実質のコストはスプレッド=売値と買値の差) |
「唯一」と書いたのは誇張ではありません。金融庁の「電子決済手段等取引業者登録一覧」に載っている業者は、令和8年6月24日現在で1社だけです。
つまり——普段お使いの取引所では、たぶん買えません。
販売所と取引所の違いという記事を以前書きましたが、ステーブルコインにはそのどちらでもない第3の買い方があるということになります。発行元から直接受け取る、という形です。
4-2. 「手数料無料」には続きがあります
JPYCの発行・償還の手数料は無料です。ですが、それとは別に、必ずかかるものがあります。
ブロックチェーンの手数料(ガス代)です。
ガス代 = ネット上でコインを動かすときにかかる、通行料のようなもの
JPYCはEthereum・Polygon・Avalanche・Kaiaという4つのチェーン(=コインが走る線路のようなもの)で発行されています。どのチェーンでも、送金するにはそのチェーン専用のコイン(ETHやPOLなど)が別途必要です。
これは初心者が最もつまずくところです。JPYCだけを持っていると、送ることも、円に戻すこともできません。
ガス代の仕組みはこちらの記事に書きました。
4-3. 使える場所は、全国で56件
いちばん正直に書かなければいけないのがここです。
JPYCが使える実店舗は56件、ネット上の店などを含めて計78件です(JPYCマップ掲載ベース、2026年7月13日時点)。
56件。 全国のコンビニが5万店を超えることを考えると、規模の違いは説明するまでもありません。
2026年8月6日には、ローソンが1店舗でレジ連携の実証実験を行っています。1店舗です。
一方で、企業間の動きは加速しています。物流大手が約2,300社の取引先への支払いに導入を進めており、JPYC社は2026年8月5日時点で累計約60億円を調達しています。個人の日常より先に、企業どうしの決済で使われ始めているというのが実態です。
4-4. 気をつけること
- チェーンを間違えると資産を失います。送る側と受け取る側で、同じ線路を選んでいるか必ず確認してください
- アドレスを1文字間違えると、取り消せません。少額で試してから本番、が鉄則です(ウォレットと秘密鍵の記事)
- 偽のJPYCが存在します。JPYC社自身が注意喚起を出しています
- 「JPYCを預けると増えます」は疑ってください。1円は1円です。増えるなら、それは別の何かです
なお、前回の記事で書いた2026年8月6日の出庫制限の要請は、暗号資産の取引所に向けたものです。JPYCの発行やチェーン上での送付に、同じ待機期間を課すという記載は確認されていません。
ただし、これを「だからステーブルコインなら制限を回避できる」と読むのは危険です。要請の目的は詐欺被害を防ぐことであって、抜け道を探す話ではありません。
5. 税金は、どうなるのか
5-1. 大前提:ここは断定できません
国税庁が公表しているFAQのうち、電子決済手段について書かれているのは法人向けの問答です。個人(所得税)についての明示的な取り扱いは、確認できませんでした。
以下は一般的にそう整理されているという範囲の話です。実際の申告は、必ず税理士か税務署に確認してください。
5-2. 一般的な整理
| ケース | 一般的な整理 |
|---|---|
| JPYCを買う・送る・使う・円に戻す | 原則、損益は出ない(1円で買って1円で戻すため) |
| USDCなど外貨建てを円に戻す | 為替差益が出れば課税対象。「ステーブルコインだから無税」は誤りです |
| ビットコインなどをステーブルコインに交換 | その時点で利益確定の扱い。円に戻していなくても課税対象になり得ます |
| 2026年改正の分離課税20% | ステーブルコインには適用されません(電子決済手段は暗号資産ではないため) |
最後の点は補足が必要です。前回の記事で書いた「税率20%の申告分離課税」は暗号資産が対象で、しかも適用は早くても2028年1月1日からの見込みです。いま現在は、暗号資産の利益は従来どおりの総合課税です。
詳しくは税金の基本記事をご覧ください。
ひとつだけ、後編に関わる注意があります。 上の表の「原則、損益は出ない」は、1円で取得して1円で戻す場合の話です。取引所などで1円ではない価格で買った場合は、扱いが変わり得ます。なぜ1円ではない価格が付くのか——それが後編の主題です。
6. 前編のまとめ:覚えて帰るのは3つ
| # | 覚えること | なぜ |
|---|---|---|
| 1 | 1枚=1円の電子のお金。値上がりはしない | 払う・送るための道具です。投資の対象ではありません |
| 2 | 日本の法律では、暗号資産ではない | 「電子決済手段」という別の枠。2026年の大改正でも対象外でした |
| 3 | 日本ではまだ、ほとんど使えない | 使える実店舗は56件、登録業者は1社。急ぐ理由がありません |
もし触ってみたいなら
いきなり口座を作る必要はありません。まず、自分が使っている取引所がステーブルコインを扱っているかどうか、公式サイトで見てみる。それだけで十分です。
たぶん、扱っていません。その「扱っていない」という事実こそが、2026年8月の日本の現在地です。
そして、もし実際に触るときは——ガス代用のコインを別に用意することだけ、先に思い出してください。ここでつまずく人がいちばん多いところです。
見送るのも、まったく正しい判断です。
後編へ
前編では「ステーブルコインとは何か」と「日本でいま何ができるか」を書きました。
後編では、いちばん大事な話をします。
- なぜ1円でいられるのか(「国債を買っているから」では、実は説明になっていません)
- 1ドルのはずのものが0.87ドルになった72時間(2023年3月に実際に起きました)
- この記事を書いている今日も、1ドルから6%ずれたまま2か月以上戻っていないものがあります
- そして、あの夜の熱量は正しかったのか
▶ 後編「その1円は、誰が守っているのか」【公開後にリンク】
用語ミニ辞典(この記事に出てきた言葉)
| 言葉 | 意味 |
|---|---|
| ステーブルコイン | 1枚=1円(1ドル)に値段を固定した電子のお金 |
| 償還(しょうかん) | コインを発行元に返して、円に戻してもらうこと |
| ウォレット | 暗号資産を入れておく財布アプリ |
| アドレス | 送り先を示す文字列。口座番号のようなもの |
| チェーン | コインが走る線路。Ethereum、Polygon など種類がある |
| ガス代 | コインを動かすときにかかる通行料 |
| 供託(きょうたく) | 法務局にお金を預けておくこと |
| 電子決済手段 | 日本の法律上の、ステーブルコインの正式な区分 |
| 通貨建資産 | 円やドルの額面で価値が決まるもの |
この記事の扱いについて
- 基準日: 2026年8月11日。ステーブルコインの制度・数字は動きます。変更があれば本文冒頭に「変更点・影響・更新日」を追記します
- 本記事は制度と体験の記録であり、投資判断の助言ではありません。特定の銘柄・サービスを推奨するものではありません
- 税金の取り扱いは個別事情で変わります。実際の申告は税理士・税務署にご確認ください
- 第0章は運営者の一次体験です。キャラクターは演出であり、体験部分は運営者本人の実話です
主な出典
- 金融庁「電子決済手段等取引業者登録一覧」(令和8年6月24日現在)
- 金融庁 決済制度等ワーキング・グループ資料(2024年9月25日/資金移動業者破綻時の還付手続)
- 資金決済に関する法律 2条5項・7項・9項・14項(e-Gov法令検索)/資金移動業者に関する内閣府令
- 金融庁「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案 説明資料」(2026年4月)
- 国税庁「電子決済手段等に関するFAQ」(令和6年12月改訂)
- JPYC株式会社 プレスリリース/JPYC EX
- Japan Stablecoin Summit 2025 開催レポート(TOKI/Pacific Meta)
- ※詳細な出典一覧は調査記録
調査記録_ステーブルコイン_20260811.mdおよびresearch\2026-08-11_ステーブルコイン\に記載
