「なんか、怖い人たちがやってる感じがするんです」
12年ぶんの崩壊史をまとめた本を1冊読みました。西山祥史『暗号資産の裏・投資戦略——12年の崩壊史から学ぶ、退場しないための生存術』(Sanctuary Japan、2026年)です。てっきり怖くなるだろうと思って開いたのですが、読み終えて残ったのは別の感想でした。
この世界、思ったより行き当たりばったりだ。
以下、本で知った出来事は一次情報で確認し直したうえで書いています。
1万ビットコインで、ピザ2枚
2010年5月22日、Laszlo Hanyeczというプログラマーが、1万ビットコインと引き換えにピザ2枚を受け取りました。掲示板で「1万BTCで大きなピザ2枚くらいをどうか」と募集した書き込みが残っています。
気になるのは、ピザの値段です。本人が後日書いたところによると、ピザ2枚で約25ドル、チップを厚めに含めても30ドルほど。当時の為替(1ドル=約90円)で概算すると、およそ2,300〜2,700円です。
ひとつ補足しておきます。この取引を紹介する記事で「41ドル」という数字を見かけることがありますが、これはピザの値段ではありません。募集の書き込みに対して、別の人が「その時点で1万BTCを売れば41ドルになる」と指摘した、いわば時価のほうです。混ざりやすいので分けておきます。
なお、これが「人類初の暗号資産による買い物」だったかどうかは、厳密には確かめようがありません。広く知られている最初期の買い物であり、5月22日が「ビットコイン・ピザ・デー」と呼ばれる由来になった出来事、というのが正確な言い方です。
世界の取引の7割を扱った会社は、カードゲームの交換所として生まれた
2014年に破綻した取引所「Mt.Gox(マウントゴックス)」の名前を聞いたことがあるかもしれません。この名前の由来が、なかなかのものです。
Magic: The Gathering Online eXchange。トレーディングカードゲームのカードを交換するサイトを作ろうとして取得されたドメインでした。カード交換所の構想は本格稼働しないまま、2010年にビットコインの取引所として使われはじめ、2011年3月に運営者が交代します。
そして2013年前半には、世界のビットコイン取引の約7割を扱うまでになりました。
「HODL」は、ただの打ち間違い
暗号資産の界隈で「HODL(ホドル)」という言葉を見ることがあります。値下がりしても売らずに持ち続けることを指す言葉です。
由来は、2013年12月の掲示板投稿でした。ある利用者が「I AM HODLING」というタイトルで書き込んだ。HOLDING(保有している)の打ち間違いです。本人はその投稿の中で、酒を飲んでいること、自分は売り買いが下手なので持ち続けるのだ、ということを書いています。
この打ち間違いがそのまま定着し、後から「Hold On for Dear Life(必死にしがみつけ)」という意味が当てられました。先に綴りがあって、意味は後付けです。
ただし、鍵をなくした人たちがいる
ここからは、少しだけ体温が下がる話をします。
暗号資産を持つというのは、それを動かす鍵を持っているということです(→ ウォレットと秘密鍵)。裏を返せば、鍵を失えば、そこにあることは分かっているのに永久に動かせなくなります。
では、そうやって動かせなくなったビットコインは何枚あるのか。
これが、誰にも数えられません。
ブロックチェーンを見れば、どのアドレスが何年動いていないかは分かります。ですが、「鍵を失って動かせない」のか「持ち主が売らずに置いているだけ」なのかは、外からは区別がつきません。推計はいくつも出ていますが、方法によって答えが大きく変わりますし、何年も眠っていた古い財布が突然動き出すこともあります。
全部が見えているのに、肝心なことだけが分からない。この構図が、この技術の性格をよく表しています。
埋立地を掘らせてくれと、市に頼み続けた男がいた
個別の話なら、記録に残っているものがあります。
英国のJames Howellsは、8,000ビットコインの秘密鍵が入っているとするハードディスクを、2013年に誤って埋立地へ送ってしまいました。以来、市に対して掘削の許可を求め続けます。
そして2025年1月、英国の高等法院はその請求を退けました。同年3月には控訴の許可も得られていません。
ひとつ正確に書いておくと、裁判所は「そのハードディスクに本当に鍵が残っている」と認定したわけではありません。仮に本人の主張どおりだとしても、廃棄物の所有権や出訴期限の点で請求に勝ち目がない、という判断です。
もう一人。Stefan Thomasは、7,002ビットコインの鍵を入れた暗号化USBのパスワードを8回間違え、残る試行機会は2回と報じられました。同型機の制限を回避できると主張した企業も現れましたが、本人の端末が開いたという確認はありません。
「セルフGOX」という言葉があること自体が、答え
この界隈には「セルフGOX」という言葉があります。自分の操作ミスや管理不備で、自分の資産を永久に失うことを指します。Mt.Goxの名前が、そのまま動詞のように使われているわけです。
専用の言葉があるということは、それが珍しくないということです。
じゃあ、初心者はどうするか
Mt.Goxの時代には、制度がなかった
まず押さえておきたいのは、時代が違うということです。
日本で暗号資産交換業を行うには、金融庁への登録が必要です。ですがこの登録制が始まったのは2017年4月1日。Mt.Goxが取引を止め破綻手続きに進んだ2014年2月の時点では、この制度自体が存在していませんでした。
「昔こういうことがあったから、今も危ない」という推論は、ここで一度切れます。
今の登録業者に課されていること
さらに2020年5月に施行された改正で、義務が強化されました。専門用語が並ぶので、平たい言い方を添えます。
| 義務 | 平たく言うと |
|---|---|
| 利用者の金銭の信託(資金決済法63条の11第1項) | 客から預かった円を、会社自身の財布と分けて信託で守る |
| 利用者の暗号資産の分別・原則オフライン管理(同条2項) | 客のコインを会社のコインと区別し、日常の送金に要る分を除いてネットから切り離して保管する |
| 履行保証暗号資産の自己保有(63条の11の2) | ネットに繋いだ財布に置く客の分だけ、万一に備えて業者自身が同じ種類・同じ量を別に持つ |
| 外部監査(63条の11第3項) | 公認会計士・監査法人が管理状況を定期的に確認する |
誤解しないでいただきたいのは、「監査があるから流出しない」ではないということです。ここで言えるのは「外部監査という仕組みがある」までです。
だから、選ぶところに手間をかける
読者が自分でできる確認は、これだけです。
- 金融庁の「免許・許可・登録等を受けている事業者一覧」を開く
- 「暗号資産交換業者」の一覧を開く
- サービス名ではなく、運営会社の正式な法人名で照合する
- 登録番号・登録年月日・取り扱う暗号資産も見ておく
ただし、一覧に載っていることは安全の保証ではありません。金融庁がその業者や暗号資産を推奨しているわけでもない。登録は出発点であって、ゴールではありません。
正直に書いておくべきこと
国内でも、登録業者から資産が流出した事故は起きています。そして結末は一様ではありません。
2018年のZaif、2019年のBITPointでは、流出後に顧客資産が補われた実例があります。ただしそれは国の保証ではなく、会社や親会社の資金、暗号資産の外部調達、事業の譲渡によって実現したものでした。銀行の預金保険のような制度が働いたわけではありません。
さらに2024年には、登録業者であるDMM Bitcoinから約4,503ビットコインが流出しました。顧客資産は補償の方針が示されましたが、同社はサービスそのものを終了し、2025年3月に顧客の口座と預かり資産は別の登録業者へ移されています。
補償はされた。ただし、会社は消えた。これが直近の実例です。
結論——安全の断定ではなく、順番の提案
ここまで読んで、「じゃあ結局どっちが安全なのか」と思われたかもしれません。正直に答えると、その問いには答えられません。
「初心者が自分で鍵を失う確率」と「登録業者で損失を被る確率」を比べた信頼できる統計は、調べた範囲では見つかりませんでした。分母も、観測のされ方も、損失の定義も違うので、単純に比較できないのです。「取引所なら安全」でも「自己管理なら安全」でもありません。
ですので、確率の話ではなく順番の話をします。
- まず、金融庁の登録一覧で運営会社の名前を確認する
- 次に、少額で入金・購入・出金の操作に慣れる
- 自己管理に移すのは、復元用フレーズの意味とバックアップの手順を理解してから
これは記事04でジョウさんが言った「順番の問題さ」と、同じことを歴史と制度の側から言い直したものです。金額と保有期間が大きくなったら、そのときにまた比べ直せばいい。
ひとつ、隠さずに書いておきます。当ブログは取引所の紹介で報酬を受け取る立場です。ですから「まずは取引所でいい」という結論は、こちらに都合よく見えるかもしれません。そのうえで申し上げると、この記事にアフィリエイト広告のリンクは置いていません。今日やってほしいのは口座開設ではなく、登録一覧のページを開いて、名前を眺めてみることだけです。
買う場所の違いを知りたくなったら 販売所と取引所、何が違う? へ。実際に口座を開く手順は Coincheck口座開設ガイド/OKJ口座開設ガイドにまとめています。
情報確認日:2026-07-28
制度・登録状況・係争中の案件は変更されます。最新情報は各機関の公式サイトでご確認ください。
- 西山祥史(仮想NISHI)『暗号資産の裏・投資戦略——12年の崩壊史から学ぶ、退場しないための生存術』Sanctuary Japan、2026年(本記事の着想元。事実関係は下記の一次情報で確認)
- BitcoinTalk「Pizza for bitcoins?」原スレッド(ピザ取引・25〜30ドルの本人発言)
- BitcoinTalk「I AM HODLING」原スレッド(2013年12月)
- WIRED「The Inside Story of Mt. Gox」
- Howells v Newport City Council [2025] EWHC 22 (Ch) 判決全文
- e-Gov 資金決済に関する法律(63条の11、63条の11の2)
- 金融庁「免許・許可・登録等を受けている事業者一覧」(暗号資産交換業者)
免責事項
- 暗号資産の取引は価格変動リスクを伴います。投資判断はご自身の責任でお願いします。
- 本記事は情報提供を目的としており、特定の銘柄・取引・事業者の推奨や、利益を保証するものではありません。
- 金融庁の登録一覧への掲載は、当該事業者の安全性や暗号資産の価値を国が保証・推奨するものではありません。
- 記載内容は執筆時点(2026年7月)の情報です。法令・登録状況・係争中の案件の状況は変更される場合があります。
